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【第5章】第1節 日常生活の熱中症予防指針(1)

1. 日常生活の熱中症予防指針の背景と流れ

 わが国においては,地球温暖化や都市部のヒートアイランド現象によって熱中症予防対策は夏季における健康問題として重要な課題となっています.近年熱中症による死亡数は増加傾向にあり,2010 年の熱中症死亡数は 1745 件で,このうち 65 歳以上が 80%を占めました。

 熱中症はスポーツ活動や労働作業時だけでなく,日常の生活活動時にも多く発生しています。しかし,日常生活場面での熱中症予防に対する適切な指針がなかったことから,日本生気象学会では2008年4月に,新たな熱中症予防指針として「日常生活の熱中症予防指針 Ver. 1」を作成し公表しました。

  その後,2011 年 3 月の東日本大震災がもたらした原発事故と猛暑による電力需要の増大により電力供給不足が懸念され,様々な節電対策が講じられたことから,「節電下の熱中症予防緊急提言」が公開され,さらに 2011 年 5 月には暑さに慣れるための具体的な方策や,衣服や住居の工夫による暑さ対策を盛り込んだ,「日常生活における熱中症予防指針」Ver. 2 を公表しました。

 その後の新知見を加えて,「日常生活における熱中症予防指針」Ver. 3 が公表されています。

2. WBGT値は4段階だが、生活活動強度の目安は3段階

 熱中症の発症には温度,湿度,気流,放射熱などの温熱環境因子のほかに,性,年齢,既住歴や健康状態などの個体因子,さらには運動,労働,日常生活活動など様々な要因が作用します。 したがって,予防指針を策定するにあたってこれらの要因を考慮した予防指針づくりをする必要がありますが,発症要因が複雑多岐にわたることから,これは実に困難なことです。

 本指針では, WBGT(Wet-bulb globe temperature,湿球黒球温度)を「温度指標」に採用し,その温度指標によって「危険」(31℃以上),「厳重警戒」(28~31℃),「警戒」(25~28℃),「注意」(25℃未満)の 4 段階の「温度基準域」に分けた(ここで 28~31℃は 28℃以上 31℃未満の意味である)生活活動強度については,「軽い」,「中等度」,「強い」の 3 段階に分けました。

 また,4 段階のそれぞれの「温度基準域」には熱中症を予防するための「注意事項」を挙げました。さらに,予防指針の「危険」は赤色,「厳重警戒」はオレンジ色,「警戒」は黄色,「注意」は白色で示しました。


日常生活における熱中症予防指針   資料 日本生気象学会

図表61 日常生活における熱中症予防指針

 各温度基準域における注意すべき生活活動強度の目安を表に示しました。活動強度の単位は,METs(Metabolic equivalent),kcal/kg/分,RMR(エネルギー代謝率)などが用いられますが,本指針では,軽い活動強度は 3.0 METs 未満,中等度の活動強度は 3.0~6.5 METs,強い活動強度は 6.5 METs 以上に相当する活動としました。

 以上のように生活活動強度を強度別に区分しましたが,熱中症の発生は作業強度だけでなく,作業持続時間によっても大きく影響されます。したがって,運動や活動をする場合,軽い活動強度であっても,定期的に休息を取り入れ,水分を補給する必要があります。

図表62 生活とスポーツの活動強度資料 資料 日本生気象学会

3. 水分・塩分補給の目安

  1. 日常生活における水分補給:通常の生活では食事等に含まれる水分を除いた飲料として摂取すべき量は1日あたり1.2㍑を目安とします。
  2. 運動時や作業時の補給:水分の補給量は体重減少量の 7~8 割程度が目安となります。体重の2%以上の脱水を起こさないよう注意します。大量の発汗がある場合は,スポーツ飲料などの塩分濃度 0.2%程度の水分を摂取します。
      作業前:コップ 1~2 杯程度の水分・塩分を補給します(コップ一杯 200ml)。
      作業中:コップ半分~1 杯程度の水分・塩分を 20~30 分ごとに補給します。
      作業後:30 分以内に水分・塩分を補給します。
  3. 飲酒時の補給:アルコール飲料は利尿を促進するので,飲酒後は水分・塩分を,十分に補給します。
  4. 空調装置使用時の補給:空気が乾燥するので,こまめに水分・塩分を補給します。

4. 予防の基本は体温上昇の抑制と脱水予防

(1) 暑熱順化(暑さに慣れる)

 暑さへの慣れを暑熱順化といいます。暑熱順化すると血液量や汗の量が増加することで,体温の上昇を抑制します。特に,暑いところでの運動を繰り返すと,運動時に発汗と皮膚血流増加がより早く起こるようになり,熱放散が促進され体温調節能が改善されます。また,運動時の心拍数も低くなります。

①熱順化

 真夏になる前に暑さに強い体を作る(暑熱順化する)には,本格的な暑さの到来前の 5~6 月に,「やや暑い環境」で「ややきつい」と感じる運動を 1日30 分間,1~4 週間実施すると暑さに強い体になります。さらに,その運動直後に牛乳(コップ 1~2 杯)のような糖質とたんぱく質を豊富に含んだ食品を摂取するとより効果的です。

 中高年や若くても体力に自信がない人には「ややきついと感じる運動」として「インターバル速歩:3分間の速歩(大股で腕を振って,かかとで着地)と3分間のゆっくり歩きを1日5回以上,週4回以上,4週間行う」が薦められます。 若くて体力に自信のある人にとって「ややきつい運動」とは,野外でのジョギングやジムなどでの運動施設内でのトレッドミル,自転車エルゴメータを用いた運動であり,運動開始 5分後の心拍数が20 歳代で1 分間あたり130 拍程度,40 歳代で 120 拍程度となるような負荷です。

 ややきつい運動として,最大酸素摂取量の 50%に相当する強度が勧められています。その際の目標心拍数は安静時心拍数と年齢別推定最大心拍数から次式で算出されます。心拍数は脈拍数でもかまいません。


目標心拍数(拍/分)=(推定最大心拍数-安静時心拍数)×0.5+安静時心拍数


 この時,推定最大心拍数(拍/分)=220-年齢 とします。 安静時心拍数(脈拍数)は各自安静状態で脈拍数を計測します。 20 歳で安静時心拍数が 60 拍/分の場合,目標心拍数は 130 拍/分となります。

② 血液量の増加と熱中症予防の関係

 ヒトは二本足で歩行し,大量の発汗と皮膚血流量によって運動時に発生した体熱を体外に放散できる点で他の動物種より断然優れています。そのおかげでヒトは誕生以来熱帯を含め地球上の広い範囲に棲息してきました。しかし,二本足(立位)で歩行するためにはヒトは循環調節に大きいリスクを背負っています。

 すなわち,立位姿勢では全血液量の 70% が心臓より下に位置しているために,脱水によって血液量が少し減っただけで心臓へ戻る血液量を維持できず,心臓から拍出される血液量が減少します。その結果,動脈圧を保てなくなって、脳に十分な血流を供給できず失神することになります。

 それを防止するために,ヒトは心臓に返ってくる血液量を心房の圧受容体でたえずモニターし,もしそれが低下した場合には瞬時に皮膚血管拡張を抑制して皮膚血流量を低下させるので,それに伴って発汗量も低下させてしまいます。

 その結果,皮膚表面からの熱放散が減少し,うつ熱がおこり,最悪の場合,熱中症に陥ってしまいます。したがって,血液量を増加させることで心臓から拍出される血液量に余裕ができ,その分,体温調節能が改善します。


(2) 組成(糖質・塩分)と温度

 発汗で血液量が低下し,その塩分濃度が上昇すると,発汗と皮膚血管拡張による熱放散が低下し,熱中症のリスクが高まります。適切な水分の摂取はこれを防止します。尿の回数がいつもより少なく,尿の色が濃くなったら脱水のサインであり、要注意です。

 喉が渇く前に補給するのもポイントです。 発汗による脱水量が増え,体外へ多くの塩分が失われた状態になると,水だけを摂取すると体内の塩分濃度が低下します。身体はこれを防ぐために,口渇感を減弱させることで飲水を抑制します。

 仮に,それ以上の水を強制的に摂取しても,それを尿として体外に排泄してしまいます。これを「自発的脱水」と呼びます。その結果,血液量の回復が遅れ,皮膚血流量を低下させます。従って,適度な濃度の塩分を含む飲料の補給が必要です。さらに,腸管での水の吸収は,Na + イオンの吸収と一緒に行われます。

 この Na + イオンの吸収が,飲料中のブドウ糖によって促進します。1~2%のブドウ糖濃度が腸管での水分吸収に効果的です。また,摂取時の温度は5~15℃が望ましいです。


(3) 日常生活における水分補給

  1. 日常生活における水分補給では基本的に,不感蒸泄や発汗による水分の損失に対する補給が必要です。睡眠時,入浴時にも発汗します。就寝前,起床時,入浴前後にコップ一杯(約200ml)の水分を補給する必要があります。日中はコップ半分程度の水分を定期的に(1 時間に1回程度)補給します。のどの渇きを感じる前に水分補給を心掛けます。特に高齢者は口渇感等の感覚が衰えており,十分に注意する必要があります。
  2. 運動時や作業時の水分の補給量は体重減少量の 7~8 割程度が目安となります。体重の 2%以上の脱水を起こさないよう注意します。大量に発汗する運動時や作業時には水分と同時に塩分補給が重要です。0.2%程度の塩分を含む飲料を補給するよう心掛けます。
  3. 飲酒時の補給: アルコールは利尿作用が強く,飲酒量以上の水分を排泄するので,飲酒後は,水分を十分に補給します。
  4. 空調装置使用時の補給:室内は空気が乾燥することから,気がつかないうちに脱水が生じるので,こまめに水分を補給します。

(4) 衣服による対応

 衣服による防暑対策の基本は,衣服の中や体の表面に風を通し体から出る熱と汗をできるだけ速く放散すること,日射の侵入を防ぐことです。素材としては,通気性・吸湿性・吸水性・速乾性に優れたものが適しています。形としては,室内ではタンクトップに短パンなど皮膚の露出が大きく,開口部の大きいことが効果的です。

 しかし,屋外では皮膚の露出を抑え,日傘やつば広の帽子などで日射を遮断すると有効です。

① 衣服による輻射熱侵入の防御

 炎天下の日射に代表されるような輻射熱(放射熱)の遮蔽は,戸外での熱中症対策として不可欠といえます。輻射熱(放射熱)の遮蔽方法としては,日傘・菅笠・帽子などのように人体から距離を置いたもので遮蔽する場合と,衣服で人体を被覆して遮蔽する場合があります。

 前者では遮蔽物が吸熱してもその熱が人体との間で放熱するため人体への伝達量が少なく,防暑効果が極めて高く有効です。帽子着用時には,頻繁に着脱することが必要です。後者の場合は広い面積で放射熱を遮蔽することができるが,衣服による吸熱が人体に伝達されるばかりでなく,人体からの放熱が抑制されるため,ゆとりや開口による換気の工夫や,汗の蒸発を妨げない素材の選択が必要となります。

②衣服による熱放散の促進

  1. 被覆面積(皮膚露出)の効果
    衣服は人体表面からの対流・輻射(放射)および蒸発による熱放散を阻害します。一般に,衣服の熱抵抗は,被覆面積(衣服で覆われる体表面積)に比例して増大するので,防暑のためには,長袖より半袖,長ズボンよりショートパンツ,靴よりサンダルなど,衣服による被覆面積を小さくするのが有効です。
  2. 四肢部の露出効果
    暑熱環境で皮膚を露出する場合,体幹部に比べて四肢部の露出の方が,熱放散が大きくなります。
  3. 衣服開口部からの換気促進
    衣服の襟元・袖口・裾などの開口部は住居の窓に相当し,衣服内の換気を左右します。最も有効な換気は,開口部が垂直方向の上下に開いている場合で,下端から入った空気が上端へ抜ける,いわゆる煙突効果を発揮します。
  4. 通気性の高い衣服材料の利用
    衣服内の高温高湿な空気・水分を外部に放出するためには,衣服の形ばかりではなく素材の性質も重要です。特に布地を通しての換気には,通気性の良い材料を利用します。
  5. 汗の蒸発を妨げない衣服
    汗が蒸発しにくい衣服を着用した場合は,汗の蒸発効率の低下,皮膚上に留まります。汗や流れ落ちてしまう無効発汗の増大を招くので,汗を蒸発させやすい衣服素材(通気性,吸湿・吸水,透湿,速乾性)を選択します。

(5) 住まいへの対応(室内で涼しく過ごす工夫)

① 建物各部を断熱する

 屋根は日射受熱量が多いので,反射率を高くして熱を吸収しにくくし,屋根の下に天井を張って屋根と天井を十分に断熱します。屋根裏に換気口を設け,屋根裏の

気温を下げます。西向きの壁は外気温が高い午後に日射が当たるので,暑くなりやすく,注意が必要です。

 窓は複層ガラスや日射遮断フィルムを使用します。あるいは二重窓にして断熱性を上げます。落葉樹を利用して影を作り,建物に当たる日射熱を減らします。「緑のカーテン」は壁と少し離して,すきまに風を通します。

② 窓から射し込む日射を遮る

 夏は断熱だけでは不十分です。南向き面は軒の出を窓高さの3分の1以上にして,夏に日射を遮り冬に日ざしを室奥まで取り込みます。東向きや西向き面は朝夕や残暑期に日射が室奥まで射し込むので庇は役に立たず,簾やよしず,樹木などの日よけで窓の全面を覆います。「緑のカーテン」には葉の蒸散による冷却効果も期待できます。照り返し防止には,樹木で建物に影を作り,地面に草や芝生を植える.

③ 風通しを利用する

 在室者に当たるように風を通します。地域の主風向に合せて,主風向とその反対方向の窓を両方とも開けます。玄関に玄関網戸や,窓の外に整流板を設置すると,風が通りやすくなります。吹き抜けや高窓など高さの違う向かい合う窓を開けると,風が弱くても低い窓から入った風が高い窓へと通り抜け,上方に溜まった熱を排出できます。 家具で通風を妨げないように注意し,風の出入り口付近の床には物を置きません。上階の方が風通しがよいです。夜は窓や換気扇で外の冷気を室内に導入します。

④ 冷房する

 熱中症は半数以上が自宅(居室)で発生しています。最近の都市部では冷房なしには暑さをしのげないことも多いので,我慢せずに冷房を使います。 室温は冷房設定温度とは一致しないので温度計で確認します。外出時に室内外の温度差によって温熱生理的に人体に影響を与えるヒートショックを受けないために,内外温度差は 4~6℃以内に保ちます。

 扇風機やサーキュレーターで冷気を室内に循環させ,冷房効率を上げ,冷気が在室者に当たることも防ぎます。コンクリート造など熱容量の大きい建物は,日中に蓄えた熱が夜間に徐々に放熱されます。冷めにくいので部屋を使う前から冷房し,いったん冷えたあとは冷たさを逃がさないように窓を閉めます。

⑤ 気化熱の利用に関する注意

 打ち水や水場を利用して水の気化熱で気温を下げられるが,断熱性の高い建物は散水しても表面温度だけ下がって室温までは下がりません。また,湿度が高いと気化熱の冷却効果は期待できません。

 

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