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【第1章】第2節 熱中症とは(1)

1. 熱中症の概要

 熱中症は高温多湿の環境下において体内の水分及び塩分(ナトリウム)のバランスが崩れたり、 体内の調整機能が破綻したりするなどして発症する障害の総称であり、めまい・失神、筋肉痛・筋肉の硬直、大量の発汗、頭痛・ 気分の不快・吐き気・嘔吐・倦怠感・虚脱感、意識障害・痙攣・手足の運動障害、高体温等の症状が現れます。

図表13 熱中症が発症する背景 資料:熱中症環境保健マニュアル2014 環境省


熱中症にはさまざまな症状があり、その症状毎に病名が付けられています。

(1)熱失神

炎天下にじっと立っている場合などにおきます.直射日光による皮膚血管拡張と立位姿勢持続による血液の下肢への貯留によって,脳への血流が減少し,一過性の意識消失(失神発作)をおこすもので,起立性低血圧(立ちくらみ)がその病態です。失神に先立ち,顔面そう白,めまいなどがみられます。

(2)熱けいれん

暑熱環境で長時間運動を行い,たくさん汗をかいた時に,疲労した筋に生じる有痛性のけいれんで,通常,下肢の筋に多くおきますが,上肢や腹筋におこることもあります.特に,真水や塩分濃度の低い飲料を補給すると,血液中の塩分濃度が低下し,筋の被刺激性が亢進することでけいれんにつながります。

運動時の筋のけいれんは暑さや脱水とは無関係にもおこりますが,暑熱環境下での運動時にみられた場合は,熱けいれんとして対処します。また,めまい,頭痛,吐き気などの全身性の症状を伴う場合は,熱疲労として対処します。

(3)熱疲労

熱疲労は熱中症の中核をなす病態です.暑熱環境で長時間の運動をすると,大量の発汗のため,水分と塩分を失い,循環血液量が減少し,重要臓器(脳など)への血流が不足します。高度の脱水とそのための循環不全が熱疲労の病態です。熱疲労に特異的な症状はなく,頭痛,めまい,吐き気,おう吐,脱力感,倦怠感などがみられます。

体温は正常もしくは軽度上昇しますが,40℃を超えることはありません。軽度の錯乱などがみられることはありますが,昏睡などの高度な意識障害は来たしません。軽い熱疲労から命に係わる熱射病までは連続した病態であり,判断の難しいこともあります。その場合は,熱射病として対処します。通常,治療により回復し,命に係わることはありません。

(4)熱射病

熱疲労の病態(高度の脱水と循環不全)がさらに進行すると,脱水により重要な熱放散反応である皮膚血管拡張と発汗の両方が抑制されるため,体温がさらに上昇します。体温(特に脳温)が過度(40℃以上)に上昇し,そのため脳の機能が障害され,意識障害や体温調節機能不全(発汗停止)を来たした病態が,熱射病です。

運動時の熱射病では,発汗が続いていることもあります。また,測定時の体温がたとえ 40℃以下であっても,熱射病でないとは言えません。意識障害は重要で,重症の昏睡だけではなく,応答が鈍い,何となく言動がおかしい,日時や場所がわからないなどの軽いものにも注意します。加えて,頭痛,過呼吸,おう吐,下痢,千鳥足歩行,頻脈,ショック状態(血圧低下)などの症状がみられる.多臓器不全や DIC(播種性血管内凝固症候群:はしゅせいけっかんないぎょうこしょうこうぐん)などの合併症を併発し,死に至ります。

一旦,熱射病を発症すると,迅速適切な救急救命処置を行っても救命できないことがあるため,熱疲労から熱射病への進展を予防することが重要です。

 

しかし実際の現場ではこれらの状態が混在して発生します。そこで熱中症が発生した時には重症度に従って、表のように「Ⅰ度」、「Ⅱ度」、「Ⅲ度」に分類しています。

図表14 熱中症の症状と分類 資料:熱中症環境保健マニュアル2014 環境省

2. 職場における熱中症の特徴

(1)熱中症を生じやすい職場の特徴

 職場における熱中症の特徴として一般に職場には炉や加熱された製品があることなどから一般の環境よりも高温多湿の場所が多く見られること、業務に従事する人々は労働者自身の症状に合わせて休憩を取りにくいこと、そして運動競技ほどには高い身体負荷はかからないものの身体活動が持続する時間が長いことなどがあげられます。

 我が国において20世紀頃までは鉱山、紡績、金属精錬、船内作業などの職場で熱中症が多発していました。しかし、20世紀後半までに労働者の栄養状態が改善し、現場が機械化され、冷房も普及してきたことなどから熱中症は激減したと考えられてきました。ところが、熱中症の概念が普及するにつれて建設業など屋外での作業を中心に現在も依然として熱中症が多く発生していることが明らかになってきました。

図表15 熱中症を引き起こす環境、からだ、行動 資料:熱中症環境保健マニュアル2014 環境省

(2)作業環境や作業の特徴

 熱中症を生じやすい条件は環境、作業、人に分けて考えることができます。まず熱中症が生じやすい環境とは高温・多湿で発熱体から放射される赤外線による熱(輻射熱)があり、無風な状態です。そのような状態では汗が蒸発しにくくなり、体温の調節には無効な発汗が増えて脱水状態に陥りやすくなります。

 熱中症が生じやすい典型的な作業とは、作業始めた初日に体への負荷が大きく、休憩を取らずに長時間にわたり、連続して行う作業です。加えて、通気性や透過性の悪い服や保護具を着用して行う作業では汗をかいても体温を下げる効果が期待できず熱中症が生じやすくなります。また梅雨から夏季になる時期で急に暑くなった作業などでも熱中症が生じやすくなります 。

(3)労働者の健康状態など

 実際に熱中症が発生するかどうかには個々の労働者の健康状態なども大きく影響します。

 糖尿病については、血糖値が高い場合には尿に糖が降り出すことにより尿が失う水分が増加し脱水状態を生じやすくなること、高血圧症および心疾患については、水分及び塩分を尿中に出す作用のある薬を内服する場合には、脱水状態を生じやすくなること。腎不全については塩分摂取を制限される場合に塩分不足になりやすいこと、に注意が必要です。

図表16 熱中症になりやすい作業者 資料:熱中症環境保健マニュアル2014 環境省


 精神・神経関係の疾患については自律神経に影響のある薬(パーキンソン病治療薬、抗てんかん薬、抗うつ薬、抗不安薬、睡眠薬等)を内服する場合に発汗、体温調整が阻害されやすくなること、広範囲の皮膚疾患については発汗が不十分となる場合があること、等からこれらの疾患については熱中症の発症に影響を与える恐れがあります 。また感冒などで発熱している者、下痢などで脱水状態の者、皮下脂肪の厚い者も、熱中症の発症に影響を与える恐れがあります。

3. 体温の調節

 人は、環境によって体温が変動するカエルや魚などの変温動物とは違って、36 ~ 37℃の狭い範囲に体の温度を調節している恒温動物です。体内では生命を維持するために多くの営みがなされていますが、そのような代謝や酵素の働きからみて、この温度が最適の活動条件なのです。

 私たちの体では運動や体の営みによって常に熱が産生されますが、同時に、私たちの体には、異常な体温上昇を抑えるための、効率的な調節機構も備わっています。

図表17 体内の熱の産生と放散 資料:職場における熱中症予防対策マニュアル 厚労省

(1) 内臓の温度とその限界

 人間は恒温動物で、身体内部(内臓)の温度はほぼ37℃ で一定に維持されています。身体内部の温度は直腸温や食道温が良く測定されますが、職場で通常はこれらの体温を測定することが難しい場合が多いのが実態です。近年、鼓膜温(耳の奥)や尿温を簡便に測定するための機器も開発されつつありますが、実際には腋下温(脇の下)、口内温などを測定しています。

(2) 体温の平衡

 人間には身体内部の温度が42℃まで上がらないように調整をする機能を持っています。体温調節の中枢は視床下部の視束前野及び前視床下部と呼ばれる部位に存在します。この中枢は人間が意識しなくても体内の熱の産生(食事、運動)と熱の放散(伝導、対流、輻射、蒸発)との平衡を維持しようとします。体内の恒常性(ホメオスタシス)と呼ぶこともあります。労働や運動をしようとする際には必要なエネルギーを算出するために体内に熱が生じます。また食後には栄養の分解や身体に必要な物質を産生するために熱が生じます。

 これらの熱を体外に放散するために、身体が接している物体や気体に対する伝導や対流の他、熱を放射する輻射があります。涼しい場所への移動、身体活動の休止、脱衣、送風などにより体温調整を行って短時間に多くの熱を放散するには限界があります。その場合には最も効率的に熱を放散させることができる水分の蒸発に依存することになります。

(3) 熱の放散の仕組み

 体温が上がりそうになるとまず心拍数が上昇するとともに体内の血液は皮膚表面に多く流れるようになり、この血流により身体内部で発生した熱が運ばれて体表面からの伝導、対流、輻射によって放散されやすくなります。その状態においても体温の上昇が続く場合には、汗腺から発汗が始まり、熱の放散量が一気に増えてきます。汗100ml を全て皮膚表面で蒸発させることができれば体重70キロの人の対応は約1℃下がります。

 皮下脂肪の厚い人は皮膚表面から熱を放散する作用が弱いので発汗に頼る傾向が大きくなります。また湿度が高い環境においては汗が蒸発しにくく、したたり落ちた汗も体温低下に作用しないことから大量の発汗が続くことになります。

(4) 汗の産生

 汗腺には、エクリン腺とアポクリン腺があります。この暑さによって発汗が促進されるエクリン腺は日本人では体表面に約230万個あると考えられていますエクリン腺は血液の中の液体成分(血漿)を主な成分として汗を算出し皮膚の毛根とは別の場所に開口して皮膚表面に汗を分泌します 。

図表18 汗腺 資料:職場における熱中症予防対策マニュアル 厚労省

(5) 放熱のまとめ

 人間には、身体内部の温度を一定に維持しようとする仕組みがあります。

 これらの仕組みのうち最も強力に熱を放散させるものが発汗です。気温が上昇し始めた時に、すぐに汗をかき始められる人は、後で急な大量の発汗の必要がなく、体温の異常な上昇を食い止めやすいと言えます。

(6) 暑さへの順化

 人間は暑さに多少慣れることができます。これを順化と言います。暑さへの順化による発汗までの時間が早くなり、特に前胸部と前額部の汗がすぐに出るようになって心臓と脳の温度上昇を食い止める働きがあります。逆に暑い環境へのばく露が中断すると順化は失われます。

 暑熱環境にさらされていない労働者は、一日に15~20gもの食塩を発汗で失うことがありますが、順化によって、一日3~5g 程度の喪失に抑えることができます。このように、暑さに慣れてくると、体温を一定に維持する動きが向上するとともに水分やナトリウムを失いにくくなります。

 

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